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 葡萄(ぶどう)は紀元前の昔から栽培され、地中海沿岸や西アジア・中央アジアなどで生食・醸造に

用いられていました。

中国へは漢の武帝の時代(紀元前141-前87在位)に、西域に遣わされた張騫(ちょうけん)が

もたらしたという説があります。

日本では、鎌倉時代の初めに甲斐国で中国渡来の種から栽培が始まりましたが広まらず、

17世紀にはいって棚作りでの栽培法が見出されてから発展しました。



 葡萄の文様も同様に、西域から中国、そして日本へともたらされました。

その時期は栽培法よりも早く、奈良時代初期の薬師寺金堂薬師如来像台座には、

西域の建築意匠をおもわせる葡萄唐草文を見出せます。

また正倉院には、東大寺大仏開眼供養(752年)や、聖武天皇一周忌斎会(757年)などに

用いられた多数の錦(にしき)や綾(あや)がのこされていますが、

錦では五種類ほど、綾では四種類の葡萄唐草文を見出すことができます。

中国渡来の技術とデザインとを吸収し、日本にも美麗な織物の生産機構が

ととのえられようとしていた時代のものです。

日本に自生する野の葡萄とはちがい大きな房にたわわに実る葡萄の文様は、

異国情緒を感じさせたことでしょう。

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 西域で、中国で、葡萄唐草文はときに鳥獣や昆虫、架空の霊獣、

あるいは神々や葡萄を収穫する童子などをとりまくようにデザインされました。

乾燥した土地ではみずみずしい葡萄も葡萄から醸されたワインも、水同様に命をつなぐもの。

各地域・時代での宗教的な意味をも含みつつ、葡萄の木は豊穣や楽園、生命力のシンボルとして、

象徴的な生き物や人物とともに描かれたのでしょう。

日本でも複数出土している中国・唐代の銅鏡、海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)もその一例です。

葡萄唐草文とともに配された生き物は、天馬・麒麟(きりん)・龍・獅子・鳥・孔雀・蝶・蜂など多様です。



 葡萄と小動物、といえば、中国や日本の水墨画ではしばしば、葡萄と栗鼠(りす)がとりあわされます。

栗鼠は子をたくさん産む鼠(ねずみ)に通ずることから、実をたくさんつける葡萄とあわせて、

子孫繁栄・豊穣の吉祥文様として組み合わされたのでしょう。



 さて、古伊万里にみられる葡萄文は、緩急自在な筆遣いで飄々と蔓をのばしています。

中国・宋~元代の禅僧、日観(にっかん)のえがく水墨画の葡萄図は日本で

とくに好まれたといいますが、そういえば染付の濃淡はどこか水墨画の表情にも似ています。


「文・吉田さち子(学芸員)」


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2011.10.14 / Top↑

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