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梅の原産地は中国です。

薬木として日本に渡来し奈良時代以前からすでに植栽されていました。

貴族の邸宅などで賞翫され、中国文学にならって詩歌(和歌・漢詩)の

題材とされました。

唐風文化の時代にはただ「花」といえば梅をさすほどに、梅は花の代表格でした。

平安時代中・後期に国風文化が興ってからは桜にその座を

ゆずった感がありますが、早春の香り高い花としてその後も愛され続け、

文学・美術の題材として日本ならではの梅のイメージが育まれていきました。

梅をめぐる逸話は数多くありますが、「鶯宿梅(おうしゅくばい)」

(御所の梅が枯れ天皇が某家の庭の紅梅を移植しようとしたところ、

女主人が鶯の宿がなくなるのを憂う和歌を献上し移植を免れた)や、

「飛梅(とびうめ)」(菅原道真が大宰府左遷のとき庭の梅に別れを

惜しむ和歌を詠み、その梅がのちに主を慕って九州に飛来した)の

話はことに有名です。



絵画や工芸の意匠において古くから梅と取り合わされたモチーフといえば、

まずは「鶯」、そして「月」「流水」が目立ちます。

花を愛でるのに「姿は桜、芳香は梅」が随一とよくいわれますが、

満月や三日月の光のもと花開く梅の図案は、夜風にただよう妖艶な香りを

イメージさせます。

梅の木の根元に、あるいは梅花を浮かべて流れる水の図案は、

雪解けとともに訪れた春を象徴するのでしょうか、水ぬるむ陽だまりの

空気を感じさせます。

汀にうちよせる波間に梅花をちらした「梅汀文(うめなぎさもん)」も、

同様にのどかな雰囲気です。

一方で対照的なのは、幾何学的にひろがる氷の裂け目のうえに梅花を散らす

「氷裂梅花文(ひょうれつばいかもん)」です。

陽光は明るいものの春まだ浅い凛とした空気を思わせるこの文様は

中国・清の磁器によく見られ、

その影響で日本でも江戸時代後期のやきものに見出せるものですから、

より中国的なイメージの梅の文様といえるかもしれません。



梅といえば「松・竹・梅」のおめでたい図案も思い浮かびます。

中国の文人は梅を、蘭・竹・菊とともに「四君子(しくんし)」、

蘭・竹・蓮・菊とともに「五友(ごゆう)」に数え、

また松・竹、あるいは水仙・竹とともに

「歳寒三友(さいかんさんゆう)」と数えて、その風趣を尊び画題としました。

日本では松・竹・梅に鶴・亀を加えた図案が吉祥文様として広まり、

例えば江戸時代、武家の姫君の婚礼道具では、畳紙(たとう)や屏風などに

松・竹・梅・鶴・亀の図案が見られます。

ただし子どもの産着や祝い着においては散る花を忌み、梅が除かれる場合もありました。



有田のやきものにも古くからさまざまな梅の図案が描かれてきました。

鶯が梢にさえずる庭前の梅、吉祥の景物とともに八重に咲き誇る梅。

一枝を手折った折枝梅(おりえだうめ)に、五弁の小花のみを

愛らしく描いた梅花の文様。

いずれも早春の芳香がただよい来るようです。


「文・吉田さち子(学芸員)」
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2012.01.30 / Top↑
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