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大地を潤し草木を育む雨。実りをもたらす一方で、

時として災害をひきおこす雨。

日本は年間を通じて雨の多い国として知られています。

人々は四季折々の雨をさまざまな言葉で情感ゆたかに表現し、

畏敬の念さえ感じながらも親しんできました。


絵画や工芸意匠にも、雨は表現されました。

平安時代後期の作とされる「仏功徳蒔絵経箱(ぶつくどくまきえきょうばこ)」には、

瑞雲(ずいうん)から慈雨(じう)が草木に降り注ぐさまがあらわされています。

江戸時代には酒井抱一の「夏秋草図屏風」や広重の

「江戸名所百景 大はしあたけの夕立」など、

雨の風情が美しい名品も知られています。

ところが、やきものの意匠に雨をさがしてみてもなかなか見当たりません。

強いて縁深いモチーフをさがしたならば

「雨龍(あまりょう・あめりゅう)」でしょうか。


雨龍とは、中国の想像上の動物である龍の一種「蜘龍(ちりゅう)」のことです。

龍は蛇やトカゲといった爬虫類の仲間と認識されており

さまざまな種類が想定されていました。

いまだ龍になりきっていない中間的な存在として考えられた下級の龍のひとつが蜘龍です。

その姿については諸説ありますが、角がない、ということが異論のない特徴です。


明時代末の磁器によく描かれていた影響で、雨龍は有田のやきものにも

ごく初期からみることができます。

出土した初期伊万里の作例に描かれた雨龍は、

角のないどこかユーモラスな表情の、トカゲのような龍。

軽やかに身をくねらせて弧をえがいています。


染織品や家紋にとりいれられた雨龍は、

より略画的にデフォルメされていることが多く、

シャモジのような頭部にタテガミが豊かに生え、

小さく丸い黒点の目が添えられています。

太筆で一筋に書いたかのような胴体からは、

雲か波涛ともみえる脚や尾が枝分かれしています。


雨をつかさどる水霊としての霊力は各種の龍に共通する特性といえるのでしょうが、

日本において下級の?龍がことさらに雨の文字をあてられ親しまれたのは、

こうしたどこか愛らしく親しみの感じられる造形によるところもあったかもしれません。


さて一方で、堂々たる龍の意匠もまた、

中国から日本に渡来し絵画・工芸に広く用いられました。

古代中国では、龍のイメージが完成されたと考えられる秦・漢時代には

すでに王権と龍とが結び付けられ、龍はいっそう聖性と威厳を増しました。

皇帝の衣服に縫い取られる吉祥の文様「十二章」では最も重要な文様として

龍があげられています。

麒麟・鳳凰・亀とともに霊獣として「四霊」に数えられ、

南の朱雀・西の白虎・北の玄武とともに四方の守護神「四神」として

東をつかさどる青龍となりました。

日本で「えと」といわれる「干支(かんし)」すなわち

「十干十二支(じゅっかんじゅうにし)」の「十二支」には、

辰として架空の動物で唯一加えられます。

日本でも、飛鳥時代の高松塚古墳に「四神」のひとつとして

東方の壁に青龍が描かれています。

奈良時代から江戸時代末にいたるまで、天皇が即位の儀式で身に着ける

中国風の正装「礼服(らいふく)」には、

龍をはじめとする「十二章」が刺繍で表現されました。

さらにインドから中国へと仏教がもたらされるとき、

仏法の守護神である蛇の神ナーガが「龍王」と訳され、

中国古来の龍と習合して表現されるようになりました。

その結果日本にも、仏教美術としての龍の意匠が渡来します。

禅宗寺院で天井から睨みをきかせる雲龍図、迫力ある龍虎の水墨画。

あるいは12年に一度めぐってくる辰年の龍。

現代においては雨龍よりも龍の意匠のほうが目にする機会が多いかもしれません。


「文・吉田さち子(学芸員)」


雨龍・龍
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2012.06.18 / Top↑
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